島清恋愛文学賞 、第4回中央公論文芸賞、第22回柴田錬三郎賞の三賞を同時受賞した、話題の本作を読んでみた。
主人公の奈津は、35歳の売れっ子脚本家。
夫との生活に嫌悪感を覚え、自由を求め、同時に六人の男性と関係する。
個人的には、草食系男子風の岩井が、村山さんの作品の中では新しいタイプのキャラクターで、
穏やかでずるくてそのくせ生真面目で、なんだか読んでいて好もしい人物だった。
香港の観光シーンは、旅先での開放感が見事に表現されていたと思う。
今までの純愛路線の作風に反して、「官能小説」「性愛小説」と評されることが多いこの作品だが、
筆者の表現力は相変わらず素晴らしく、主人公に感情移入することができた。
そんなにいやらしい感じもなかった。
長年連れ添った夫と離婚し、田舎で野菜や花を育てる生活とも決別した筆者の私生活と重ねて読んでしまうのはあまり良くない事なのだろうが、
自分の私生活を犠牲にする覚悟がなければ、ここまでの作品は書くことはできないだろう。
その作家魂を、凄いと思う。私には真似出来ない。
まだ女ざかりの35歳。一人の男に縛られずに、「女」としての人生を楽しむ……。
奈津の生き方に羨ましさを抱く部分もあるが、退屈と安定、自由と孤独はまた表裏一体のものなのだということを感じた作品だった。
芥川賞作家・平野啓一郎さんのSFサスペンス政治小説。
2033年。
火星への惑星探査を目的としたロケット「ドーン(DAWN)」内で起こった、女性パイロットの妊娠事件と
権謀術数うずまくアメリカ大統領選挙を中心に話が進行してゆく。
マラリア蚊を使ったテロ、人間の顔を簡単に変えられる可塑整形、その局面によって様々な面を見せる人間の持つ多様性のうちの一面をとらえた「分人主義」…様々な要因が複雑に絡み合い、見事に収斂されてゆく。
また、その中での新しい土地をめぐる利権の獲得、テロ、監視社会、戦争…現代のアメリカ社会の問題がうまく捉えられている。
個人的には平野さんのエンターテインメント作品よりも純文学作品の方が好きではあるが、平野さんのプロットの組み方は巧みで、論理的だった。宇宙の描写も美しかった。
ちなみに主人公である医師免許を持つパイロット・佐野明日人は富山県高岡市出身。
後半の部分に、御車山祭りや雨晴海岸で遊んだ幼少の頃の回想シーンがある。
津村記久子さんによる、芥川賞受賞作。
ワーキングプアの若い女性を描いた作品で話題になった。
主人公のナガセは、化粧品の製造工場につとめる若い女性。
手取りの年収が163万円という厳しい状態の中、ダブルワークをしながら日々頑張って働いている。
そんなナガセは、働くことに希望を見出せなくなり、
ふと目にとまった「世界一周旅行」が自分の手取り年収とほぼ同じであることに気づき、
何とかその金額を貯めてみようと思い、貯金に励む。
ナガセを取り巻く友人には色々な人がいて、
苦労を知らない幸せな主婦もいれば、夫のモラハラに耐えられなくなり子連れで離婚を決意する主婦もいる。
ナガセは憂き目に遭っている友人達に交通費を貸してやったり、友人に奢ってあげたりしてしまう。
そうすることで、目標が遠のいてしまう日もあった。
お金の用途は色々だ。夢を買うことだってできる。
しかし、ナガセが最終的に気づいたのは、世界一周の夢というよりも、健康の有難みや、家族や友人とのささやかな幸せの日々だった。
作品の展開や文体は落ち着きすぎてあまり魅力を感じなかったが、テーマはとても素晴らしかった。
書店のレビューなどを読むと、「実家住まいで、どこがワーキングプアなのか分からない。もっとひどい状況の人は他にもいる」とあるが、ナガセか母親が体調を崩してしまえば、とたんに生活ができなくなる非常に危うい状況だ。家屋もいつまで持つか分からない。いずれは大きなメンテナンスが必要になるだろう。
読んでいてとても怖くなった作品である。
原作は、小説家・気象学者の新田次郎さんの小説。
陸軍の測量官・柴崎芳太郎が仲間達と共に、前人未到の山、劔岳の山頂を目指す物語。
時は明治時代末期。
ワラで編んだ防寒具、地下足袋、菅笠といった装備で挑まなければならない。
劔岳を恐れる地元住民からの宗教的な反発。
ヨーロッパの最新装備で山頂を目指す日本山岳会。
「日本山岳会よりも早く登頂を目指せ」と言う陸軍からのプレッシャー。
何者をも近づけぬ切り立った壁と、厳しい自然。
仲間同士の確執。
そういったものと戦いながら、歩みを進めていく。
芳太郎は迷いながらも、「大事なのは『何をするか』ではなく、『何のためにするか』だ」という心境に至る。
日本山岳会が芳太郎たちよりも先に到達すべく歩みを進めるが、
芳太郎は、自分のやらなければならない測量の仕事に淡々と取り組む。
途中のがけ崩れや吹雪のシーン等、全くCGに頼っていないので、
とてもリアリティがあった。
劔岳の圧倒的なロケーションの中を、米粒のような人間達が登っていく様は圧巻だった。
また、山頂に近づくにつれて仲間達の気持ちが一つにまとまっていき、
雑念のようなものが消えてゆき、無心の境地に至ってゆく描写も見事だった。
先人達の偉大さと共に、山の崇高さが伝わってきて、観終えた後はとてもすがすがしい気分になった。
役者陣も豪華で演技も素晴らしく、
背景のクラシック音楽も、映画と非常にマッチしていた。
一見の価値ありの映画だと思う。